縁側に腰を掛けながら、白に染まった庭を眺める。春、夏、秋、冬。様々な季節によって色彩を変え私の眼を楽しませてくれた庭は一年の穢れを落とすように白に洗われる。この冬が終われば、次は桃色が輝く季節。寒さに身を震わせるも暖かい炬燵に戻る気にはどうもなれなかった。身に染みるこの寒さを、もう少し味わっていたいのか。それとも歴史を振り返りたいのか。それはよく判らないのだけれど。

ぶら下げた足を下へと伸ばして雪に触れる。冷たさは初めは心地良いが暫く触れていると其れは痛さへと変わってしまう。足先に着いた雪を払うように足を思い切り振ればキラキラと輝く白達。其れは一瞬の美ですぐに私の視界から消えてしまう。美しい物は、長くは残らない。人工的に作られた美は形として己を保つ事が可能ではある。時が経てば風化して崩れてしまう事もあるが、時が経ち更に価値の増すものもまた。しかし自然の一瞬の美と云う物はその時にしか見れない。今の輝きも同じ物は二度と見る事が出来ない。

さく、さく。白を踏み付ける音がした気がして、思わず笑ってしまう。待っていたかいがあったと云うもの。此処でこうして私が待っているのを見たときの、驚いた表情見たさにこんな事をしてしまうなんてどうかしている。彼の表情を予想してか、それともこんな行動を起こしている自分自身に対してか。どちらに笑っているのかも判らない。ただ、おかしい。

雪の上に足を置けばやはり冷たい。そのまま雪を踏み付ける。何処から現れるのだろうかなんて期待して、素足のまま雪の上を一歩、また一歩。染み込むような刺すような寒さが足を蝕む。冷たさで足が燃えてしまいそうなくらい。青い空は綺麗で、白い雪もまた綺麗。そして彼が現れる、これもまた一瞬の美を、私は探している。


「にーほーんー?そんな所に居ると風邪を引くぞ」

振り返れば笑みを浮かべながら縁側に立っている彼が居た。突然の出来事に、予想と全く違う事に頭がなかなか付いていかなくて、気が付いたら顔が熱くなる。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。私ばかりが期待しているようで、私ばかりが楽しんでいるようで恥ずかしい。何処を見ればいいのか判らなくて、それでも此処であからさまに視線を逸らしたりしてはそれこそ不自然だと、彼の方をただ見るので精一杯。ああもう、恥ずかしい所を見られてしまった。こんな風に子供のような行動をしてしまうなんて。家の中に戻ろうと、慌てて足を踏み出す。


「あ…あ、アメリカさん。すみません、今そちらに行きますね」
「いや、いいよ日本。待って」

何故だか分からぬ静止の声。アメリカさんはざくざくと白を踏み付けて私の方へと近付いてくる。足元を見やれば布に包まれたままの足で。冷たさが、痛むだろうにと自分の痛みも忘れて思う。もう痛みが続きすぎて感覚が麻痺してしまったかのように私の足は痛く無かった。足よりも燃えるのはこの心。二、三歩。言葉も忘れて歩き出そうとすれば目の前は真っ暗に。見上げれば先ほどと変わらぬ笑み。今日は恥ずかしい所ばかり見せてしまっている気がする。失態ばかり。自分を恥じると同時に、彼が来る一瞬の美しさを見逃してしまった事への後悔。あの瞬間の、美しさを今日も味わいたかったのに。彼と居る時は素敵な時だけれど、何より私の心を躍らせるのは彼が私を訪ねてくれる、その瞬間なのに。

体が宙に浮いたかと思えば、抱えられてしまう。まるで女子が夢見るような、所詮お姫様抱っこと云う物で。実に得意気な表情で私の方を見てくるが私からしてみれば先ほどから恥ずかしい事ばかりだ。降ろして貰おうと体を動かした所で、彼が動いてくれないのは目に見えている。男として抵抗するべきであるのだろうが、しかし無駄な努力と分かっていて動く事も無い、か。昔とは違って。

「足が冷たいぞ、大丈夫かい?」

瞳に映った笑みは其れこそ雪の輝きにも負けないばかりの煌き。自然が作り出す美よりも、人が作り出す美がこんなにも私の心を打つようになるなんて。私の足に触れるその手が、暖かさを与えてくれるから冷たさも痛さも感じませんよ。なんて恥ずかしい台詞は口に出したらまた恥ずかしくなるに違い無いのでただ笑って大丈夫です、と小声で返す事しか出来ない。彼の手が私の冷たさを奪うからどんな物よりも暖かい。恥ずべき事ばかりだけれどでもこの暖かさを自然よりも美しい物を、得る事が出来たなら一度位はこんな事も悪くは無いと。彼が現れる瞬間は頂く事が出来なかったけれど、今日の彼の一瞬を手に入れた事で本日は良しとするべき、でしょうか?一瞬で、満足しなければ。欲が深すぎるのはいけない。残らないからこそ、美しくまた愛おしい温もりが。赤くなる顔のまま、変わってしまった自分に、これからの彼の表情に、笑みを向ける。全て、全て可笑しい、愛しい。



「貴方を待ち侘びて、思わず外に出てしまったんです」


いつもいつも私ばかりが驚かされる側に居るのはなんとなく癪なんで、いいですよね?(驚きから変わる幸福の表情もまた、美なり)