紅い薔薇と、紅茶と。彼が構成されているであろう物が其処には広がっていた。彼の愛する物に囲まれている彼自身は幸福とは言い難い、不機嫌な表情のまま紅茶を啜る。紅茶とこれまた有名な所から取り寄せた茶菓子を目の前にしながらも、彼―ブラッドの機嫌は悪いままだ。否、普通の人々が見ても不機嫌だとは思わないだろう。だがこの屋敷で働く使用人達には彼が放つ空気がいつもと違う事である位分かっていた。その原因が何であるかも、勿論。
一口紅茶を啜り、空いた目の前の空間を見てはマナー悪くも騒がしい音を立ててカップを落とす。落ちると云うよりは叩きつけられた其れは無残にも砕け散った。鋭利な破片が辺りに散らばり、太陽の光を受けて輝く。勿体無い事に残っていた液体も零れ、地面を濡らす。テーブルの上に山のように盛られたカップを手に取り、同じ事を繰り返す。落ちて、散って、輝いて、落ちて散って輝いて。(まだかまだかまだかまだか!)彼の周りは様々な色の欠片と茶色い液体で満たされる。薔薇の香りと紅茶の香りが重なって、新たな香りを空間に醸し出していった。綺麗と云い難い空間に成りつつも使用人達は近付こうとしない。近付けばどうなるのか分かっているからだ、破片の光を受けた所為で輝く紅を垂れ流す同僚の様に!だから彼が居る場所には近付かないように、遠回りをして歩いていった。
「帰って、来ましたよ!」
何個目かのカップが割れた後、騒がしい足音と共にメイドの一人が駆けてきた。この場所に住む者らしくない、慌てた表情で。再びカップを落とそうと振り上げられた腕は力を失ったのかだらんと落ち、次いでカップも小さな音を立てて地面に落ちた。よく見ないと分かる事は無いがメイドの表情は不安気だった。対して彼は此れまでの不機嫌具合が嘘だったかのように、明るい(勿論其れはいつもの彼に戻った程度だったが)表情に戻り其れこそ彼から離れていた使用人達が振り返る位珍しく、笑い声を上げて笑い出した。数秒の間笑い声を響かせれば、何事も無かったかのように立ち上がった。
「私が戻ってくるまでに此処を片付けておけ、お茶会の仕切りなおしだ」
そう言い放てば硝子の破片を踏みながら屋敷へと戻って行った。
070401