「御前の首はどんな美しい物にも勝る」

そう云って首に掛かる力は増加する一方だ。苦しくて苦しくて、苦しい。腕を伸ばして彼女を押す事等容易いはずなのに、腕は何故か届かない。届きそうで、届かない。永遠にも似た距離は縮まる事を知らない。ああ、赤に埋もれ過ぎて遂に幻覚まで見る事が出来るようになったのか。闇、光、闇、光。やっぱり手は届かないまま。その一度見た全ての者の脳裏に深く焼き付けられる顔に傷を付ける等、今手に持つ杖を狂気に変えて撃つ事で可能であるというのに、二本の左右は届かない。
否、腕だけでは無い。足も、指も首も目も口も、全てが動かせない。ただ私が出来る事と云ったら、世にも恐ろしく美しい、歪んだ顔を見つめている位だ。美しく彫られた彫刻のようなその顔が大人しいのが嫌いだった。

此処ではそんな事が許されないから、私も抵抗しようとはしない。それがいつまで続く約束なのかは知らないがもし終わったとしても丹精籠めて育て上げた薔薇に囲まれて死ぬのは悪くない。この場所に入る事を許した女になら永久を与えられても構わない。
口を開けるのはただ苦しくて、二酸化炭素を吐き出し酸素をこの身体に巡らせる為。所詮は本能には負ける生き物なのだ、仕方無い。戯言に罪は無い、罪を持つのは鳴く鴉。




「いつか其の首をわらわにおくれ。代わりに、御前に何でもやろう。わらわの部屋の中で一等美しい物になるじゃろう」

「…、趣味が悪い」



喉の圧迫感の為か言葉として上手く伝わったのか分からない声とも云えぬ声も、彼女には伝わって居たようで歪んだ笑みは濃くなった。其れと同時に圧迫も強まった。苦しい。退屈ではない物の特に痛いのを好むといった趣向も無い私には何の悦びも無い。ただただ彼女を喜ばせる事になってしまっているという事実が大変不満だ、嘆かわしい。

けれど其の手を押し退けるなんて選択肢は、もうとっくに残されていない。望むがままにされるだけ。私が苦しむ度に浮かべる華に魅入られたから咲き誇る花が視界に入る度、私は幸福に包まれる。













死に映る笑みは極上で。















(070627)