酷い様だと、部屋に入っての第一感想。

机にあった筈の大量の紙の束は一枚一枚が床の上ソファの上テーブルの上や窓の外。しかも大半が原型を留めては居らず体のあちこちがばらばらになって散らばっている。己の欠片をこの海の中から探し出すことは極めて困難で、殆どの人間は迷わず集める事を放棄するだろう。此処に入ってきた彼も、勿論そんな気は微塵も無かった。白い体には黒いインクも重なって、これではどんな重要な事が書いてあったとしても読むことは出来ないだろう。キラキラと輝きを放つ欠片までもが落ちている。無駄に大きい体を折り曲げて部分を手に取る。白かった体に乗った黒、そして欠片。指で摘んで力を籠めれば皮膚を破って流れ出る人の色。大した痛みも無いのか特に気にする風でも無く、体を海原に放る。

強い風が駆け抜けて海を揺らす、荒れ狂う波のように獰猛な音で部屋を囲む。けれど彼は海に思いも何も無いから狂っていようが荒れていようが日常と変化は無い。ただこの海を作り出した主を求めるだけ。それでも荒れた海の中で探し物をするのは困難で愚かだと世界と宇宙とを分けるべく、窓際による。其処に窓は無かったので、窓際と呼べるのかは不明だが。窓があった場所は綺麗に無くなっていて空間を分けることは不可能になった、世界の主ほどではないが、面倒臭いと溜息が漏れる。風の音で聞こえることは無かったが。







「遅い」





後ろから物音がしたかと思えば銃に手が伸ばされる前の声。彼の意思とは関係なく、声の主が伸ばす手によって風に逆らう体。しかし高さの差があってか外に出るような事は無く、窓枠に寄り掛かるだけの結果となった。青い空に向かって瞳を移せば黒が写る。黒い僅かに跳ねた髪に飾りが盛んについた目立つ帽子は今日は何処へやら、太陽に髪を晒して立っていた。整った顔立ちは整った笑みを浮かべ名高い芸術家が作り上げた彫刻と見間違うほどであった。帽子以外にも派手な釦の付いた上着も無い。手袋も付けていない。普段身を守る物達を付けていない彼は常時よりも幼く見えた。作られた笑みが悪戯に成功した子供の輝きに見える程度には。しかし其の手は黒いインクと、赤いインクによって彩られてはいたものの。




「……ずっと其処に居たのか?」

「ああ、御前が来る前から今までずっとここにな」



本当に、子供のような笑みを浮かべる。普段の気取ったような構えたような笑みでは無く、それこそ無邪気な子供。子供である時に大人であって、大人になってまで大人でいようと足掻く、可哀想な人。彼は安堵とも呆れとも取れる小さな溜息を落とし、そして笑みを浮かべる。輝く太陽が彼の暖かい髪に輝きを付け加えると、彼までもが子供のよう。もっとも彼に至ってはその姿は特定の人物にのみ確認することが可能であるのだが、特にオレンジ色の野菜の前で。

黒と赤の手が彼の頬を撫でる。付着した黒と赤。指先が頬から離れるその瞬間、戻る指の後を追うように動く金色。ふ わ り 舞って、そしてどさり。指は捕まり、彼も捕まる。光と闇、太陽と月、朝と夜が混ぜ合いの、ほんの始まり。






















始めた罪は初めての幸せで






















(070727)