彼の顔に影を作った。

そうしたいから、したんだろう。自分がしたいようにするのが彼でしたくないことはしないのもまた彼である。だから些細に疑問はあっという間に吹っ飛んで消えた。彼が望むなら俺はそれに従うだけ。俺みたいな頭の足りない人間と違って彼は思慮深くて頭の良い、素晴らしい人間であるからきっと意味があるに違いない。例えば意味の無い行動であったとしても俺にそれを止める権利は無かった。上司の命令は、絶対だ。
白い手袋によって守られている手が掻き上げる癖のある髪を掻き上げる動作が艶っぽい。白に重なる黒も、布を纏っていても分かるほどに整った手も芸術品の一部のよう。同じだけど違う、違うけど同じ。何度も見た動きであるにも関わらず溜め息を付いてしまう。けれどその影が追い払われ表情が露になった時、息が止まった。


(ああ、なんて。なんて。)
悲哀に満ちたような表情がそこにあった。澄みきった空のように青くて白くて綺麗だけれども悲しさに満ちた。割れないように壊れないように、折れないように。そぅっと白い肌へと手を伸ばしたけれど胸は不安が詰まった風船になったようで今にも割れてしまいそうな位に張りつめている。俺なんかの手が触れたら、汚れてしまわないだろうか、壊れてしまわないだろうか。繊細で美しい、この人が。

「知らない、私は知らないんだ」

「ブラッド………?」

宙に消えそうな言葉を捕まえて、その意味を考える。俺がいつも見る彼は俺の知らない事も全て知っていて、だから彼が何を知らないのかなんて俺には検討も付かない。まぁ知っていたとしても、ブラッドが知らない事を俺が知っている事はないんだろうけどな。ただ彼の顔があまりに不安で悲しそうだったから慰めるように、それからほんの少しの欲も混じって頬にキスをした。柔らかくて甘くて、少ししょっぱい。

「何を?」

頭を使う事は得意じゃ無いから気になる事は素直に聞く。彼が知らない事。頭がよくて読書家で知らない事なんてなさそうなのに。
微動する事も無く唇を受け入れていたのは僅かな時間で追い払うように手が伸びてきた。ただしその手が押すのは顔ではなく、首を思い切り捕まれたのだが。
布地に押し付けられた反動で金色が跳ねてそれから波みたいに落ち着いて止んだ。首を締め付ける手の力はどんどん強くなって呼吸をする事さえ叶わなくなった。ひゅう、と虚しい音だけ。細くて白くて綺麗な手が俺を殺そうとしている。俺はまだ生きていて、死ぬほどの傷なんて負っちゃいないけれども彼が俺を殺したいのならそうすれば良い。だってその時俺が手に入れられるのは本当の最後、なんだから。それを幸福だと思わないでなんと思うのだろう。以前彼の手によって消えていった彼女達を俺がどれほど羨んだことか!何故かブラッドはとても悲しそうな苦しそうな顔をして、首への圧迫を解いた。ああああ、どうして先程からそんなにも辛い表情をするんだろう。俺には分からない。でも笑って欲しい訳じゃない、ただその悲痛な表情をみたくないだけ。いつものような彼でいて欲しいだけ。
だから腕を背中に回してぎゅっと抱き締めた。彼の体を支えていた腕は容易く緩んで俺の体には新たな重み。黒髪が擽ったい、でも気持ち良い。


「判らないなら、いい」
いいさ、いい。いい。何度か同じように呟いていた。壊れた人形みたいに。俺にかける言葉は何も無い気がして、ただ抱き締める腕の力を強めた。ふと目を逸らせば床に転がる青が見えた。
(ごめんな、ごめん。俺には何も、出来ない)











DO YOU KNOW HOW TO PLAY?












071214