太陽は空にいる間はいつも暖かくて、強くて、優しかった。芝生の緑もいつもより輝いているように見えて、なんとなく心も浮かぶ。いつもは此処に居る筈のアメリカは、今は此処にいない。キッチンでお菓子作り、ついでにあまりに悲惨過ぎて笑ってしまいそうな程に部屋を汚しているんだろう。気紛れはいつもだし、その気紛れに付き合うのもいつもの事なので気に病む事は何も無い。ただ彼が汚したキッチンを掃除するのはきっと僕なのでその為に今から体力を温存しておく事にする。お菓子を作るよりも疲れそうな其れに溜息を吐きたくはなるが。いつもは僕がキッチンに居るなのに今は僕が此処に居て、いつもは居る筈のアメリカがキッチンに居るというのはなんだか可笑しな事に思えて笑ってしまう。
コーヒーを飲みながらお菓子を食べるのがアメリカの日課になっているようで、其れに振り回されるのは紛れも無く僕だった。今ではお菓子の腕もそこそこな程だ。気分によって場所は変わって、気分によって作るお菓子も変わる。全ては彼の気分で、それに合わせるのが僕の役目。僕の意思が無い訳ではない、アメリカが望む事を叶えてあげたい、これが僕の意思。僕の作ったお菓子を食べては笑うアメリカを見るのが嬉しくて、僕の知らない色々な面白い事を話すアメリカが好きだった。アメリカの話はいつの間にか話題が変わっている事が多い。ついていける事もあればついていけない事もある。昨日の晩御飯の話をしていたかと思えば、ドイツさんの所の新しい車の話に変わっていたりする。それもなかなか面白くて判らないけど笑ってしまえばアメリカも笑ってくれる。
「カナダ、カナダ、出来たぞー」
「今行くよ」
「早く来ないと君の分も食べるぞ」
窓から顔を出したアメリカが大きな声を出して呼びかけてくる。地面に手を着いてゆっくり起き上がる。アメリカが待っていられるのは少しの間だけだから急いで行かないと本当に無くなってしまうだろう。僕が部屋に入る頃にはお皿の上は空っぽ。カップには冷めたコーヒー。それはもうリアルに僕の頭の中に思い浮かぶ光景だったので少し早く足を動かして中に向かう。太陽の光から離れてしまうのは少しばかり惜しく感じだけれど太陽みたいな笑顔が待っていると思えば仕方が無い。ドアノブを握って腕を引けば香ばしい匂いが鼻に届く。これはもしかしたら美味しい物が食べられるのかも知れないと、ほんの少し期待。部屋の中へと進んでいけば扉が自然に閉まる音がした。さようなら、そしてこんにちは。
お菓子が用意されているであろうリビングに向かう前にキッチンを覗いていく。こういう余計な行動がアメリカに遅いと言われる原因なんだろうけれどある程度の覚悟をして決めておきたいので足は迷わずキッチンに向かう。いつも片付けられているキッチンは不思議な位には汚れていたが、僕が予想してた程酷くも無かった。これくらいなら彼も片付けてくれるかもしれないが、彼はあくまでお菓子を作りたいだけであるだろうから片付けまでやってくれる可能性はかなり少ない。それが分かっていて彼の好きしておく僕もどうかと思うのだけど。彼の大好きなあの人も、僕も、彼にはとても甘い。甘過ぎる。フランスさんに昔そう云って笑われた、苦そうな顔で。僕はまだ小さな小さな子供だけど分かっていた、けどあの人は分かっていなかった。
早くと急かす声が聞こえたのでキッチンを後にしてリビングに向かう。待ちくたびれたと書いてあるような顔して座っているアメリカは謝ればすぐににっこりと笑う。席に着いてテーブルの上を見てみれば美味しそうに見えるお菓子と、紅茶。たまに彼は紅茶を飲みたがる。そして彼が紅茶を飲む時は大抵、彼の心のあるのはあの人だと云う事を知っている。紅茶を出す時の彼の話には必ず名前が出てくるんだから、嫌でも気付いてしまうってものだろう?この時間帯にコーヒーを飲んでお菓子を食べるのだって、あの人の影響。紅茶がコーヒーに変わっただけ、一緒に居る相手が僕に変わっただけ。忘れられないから、もしくは忘れてしまわないようになのか、どちらかは判らない。実際に彼の方が捕らわれているのかもしれない。どれも、判らない。ただ分かるのは僕はどんな時でも彼を望む事をしたいと思っているということ。僕は彼が一番だから、なんだって出来るし、なんだって許せる。彼は彼の思い描く正義とやらが一番であの人もあの人の世界が一番。だから世界にアメリカを閉じ込めておきたくなったんだ。けど彼は正義と自由、なんて胡散臭い物が好きだから、ぶつかってしまった。それだけ。
「美味しいからな、どんどん食べてくれよ」
「うん、いただきます」
紅茶を飲んで、お菓子を食べる。アメリカ作ったお菓子はいつもより美味しくて、紅茶はたまに彼が淹れてくれるコーヒーよりも美味しかった。美味しいと言ってもう一つを手に取れば彼は嬉しそうに微笑む。頭の中で心の中で、彼が何を考えていようとも僕は彼が一番だった。だから、笑う。
太陽はいつだって残酷だった
(080308)