「ペーターさん、ペーターさん」
「…」
目に痛い真っ赤な服を着た騎士と、この国一番の腹黒さと言われる兎の宰相。この国を支える二人がなんと珍しい事に白兎の部屋に2人きりで居た。しかし仲良く談笑等という事は勿論無い訳で(寧ろそんな事態があったならば城中の誰もが驚くし、恐ろしく思う事だろう)重苦しい空気が漂っていた。と言っても騎士の方は至って友好的に話しかけている。重苦しい空気の原因は返事をすることも無く非常に、そう非常に珍しく真面目に仕事をしている白兎だ。書類と睨めっこし、机の上にどっさりと山になっていた書類を徐々に減らしていく。淡々と、無表情で。普段から表情の変化に乏しいが書類を見る表情は氷の如く冷たい空気を放っていた。
毎度の事ながら迷子になった騎士が偶然宰相殿の仕事部屋に入り込んだのがそもそもの発端だ。居心地が良いから少しの間居させてくれ、と言って無理矢理部屋のソファに腰掛けてからもう何回時間が回ったのか分からない。回数等覚えていられない位、時間は進んだのだ。そしてその間延々と話掛けてくる騎士を何度殺してしまいそうになった事か!しかしその衝動を奇跡的に抑えて(自分の部屋が汚くなるのは嫌だったので)仕事でもしていれば大人しく帰るだろうと思ったのが間違いだった。仕事をしていようといまいと騎士は絶えず話しかけてくる。返事を返さなくても一人で会話を続け完成させている。
「酷いなぁ、ペーターさん。無視するなんて。俺はこんなにペーターさんの事が好きなのに」
溜息と共に漏れた言葉に紙を走るペンの動きが止まった。手と体は小刻みに震え、騎士の方をそれはそれは怨みが篭ったような暗ーい視線で見やった。騎士の方はというと他人なら逸らしたく(というか逃げたくなる)程の物だったにも関わらず相変わらずの爽やかスマイルを浮かべている。酷いのはどっちだろうか。真面目に仕事をしている人を邪魔する人間の気が知れない。しかし目の前の騎士の表情からは悪いと思っている風には見えない。というかその表情を見る限り、こちらの方が悪者のようだ(実際善人では無いけれど)
「気持ち悪い事言わないで下さい。僕は貴方の事なんか大っっっ嫌いですから」
凄みのある声で告げれば再び騎士から顔を逸らし、書類へと向かい合う。ペンはすらすらと文字を書いていった。しかしそんな言葉を吐かれようとも騎士の視線は白兎から離れない。笑みを浮かべたまま、兎を見つめる。
「そんなに嫌なら、此処から出て行けばいいのに」
「どうして自分の部屋なのに、僕が出て行かなきゃならないんですか!」
「んー…でも、ペーターさんなら本気で嫌なら出て行くだろ?」
…その言葉に再び動きを止まる。横目で騎士を見やれば相変わらずの表情。しかし其の目はしてやったりと、獲物を罠に掛けるのに成功した、狩人の目だ。
(嫌なら出て行けば良いし、殺せばいい。部屋なんてすぐに綺麗になるし。それで済むのにどうして、僕は何もしないんだろう。今すぐ向かいにいるこの男を手に掛ける事なんて容易いのに!)
「なんだかんだ言っても、俺の事好きなんだろ?」
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