しとしとしと。降っているのは雨でも飴でも無く赤で、人間の流す血の色。云うまでも無く其れは血で、血を流した人物は地面に突っ伏していた。僅かな時を過ごせば壊れてしまう事は確実だ。無論、壊れるように狙ったのだから当然の結果なのだけれど。
噴出した赤は壁のあちこちに飛び散り、部屋を彩る。先程掃除をしたばかりの部屋がその赤で汚される事は不満ではあるように眉を寄せて。同時に、部屋が赤で濡れる事を喜ぶように口元には品の良い弧が浮かんでいた。矛盾した感情が頭の中を常に巡っているのがこの国の住人、狂っているなんて最初からの決まり事のような物だ。
元から赤に近い色で塗られた壁が赤く染まる。テーブルも、椅子も赤に。ぴちゃぴちゃびちゃびちゃ。散った血が模様のように飾られる。白兎の名にあった髪と耳も、今は其の名の色よりも赤の方が面積が多い。白兎の名前を返上した方が良い位には。矛盾した感情、台風の如くくるくるくると回り心を体を全てを揺らした。揺れに従って彼は筆を執る。彩るはこの部屋全て、塗るは溢れ出た真っ赤な血。何も考えず何も考えられないままその壁に色を想いを心を愛を死を塗りたくった。まさに混沌。
中心に置かれた人物は当然の事ながら動かず、彼の愛用の剣も同じように血溜りの中に浮かんでいた。その血と同化していくように赤く身を染めながら。身を守る衣は元からの色よりも黒く染まり、彼の茶色の髪も赤く染められていた。壁に色を塗りながらも赤き白兎は振り返り、笑みを浮かべる。
(ああああ彼で満ちたこの部屋のなんと汚い事でしょう!そしてなんと美しい事か!これでもう彼はここにしか居なくて彼を手に入れたのは僕で、そして彼はもう僕以外の誰の事も見ないなんて。何処にも行かない。永遠に僕にも、誰にも笑いかけないなんて嗚呼愉快!その顔を微笑みで彩ってあげましょうか、そして其の笑みはただ僕だけの為にあると良い!僕は迷子になったりしないから、ずっと一緒にいてあげますよ)
筆を空へと投げ捨てれば、その身を海へ投げ捨てた。赤が再び舞い散るもすぐに止んでしまった。部屋に響くのは狂ったような、笑い声。
「大好きですよ、エース君」
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