姿を見せた途端に大きな溜息の音が部屋に溢れ、無視したように部屋の扉が閉まる音がする。ペーター=ホワイトがどう思っているか否かに関係無く城在住の騎士はまるでそんな彼の心境を見透かすかの如く彼の前にいる。彼は白と黒の紙の最後の一枚に目を通し、そして其れを既に確認し終えた紙の束の上に置いて、太陽の光で銀色のようにも見える光る髪を揺らしながら騎士に負ける劣らずとも言える笑みを浮かべた何のようかと問うてみた。やっと仕事が終えたというのに何故常日頃から嫌っている者の姿等を見なければいけないのか。当然の事ながら嫌味な笑顔を見せる事が日常茶飯事だったので完璧な笑顔とは言えずそれは数多の悪意と敵意が含まれた笑みだったが。その笑みに対してこれまた彼の笑みとは対照的な完璧、とも言える笑みを騎士は返す。完璧過ぎて些か胡散臭い感じがするのは否めないが。兎も角悪意も敵意も込められていないような、笑みを浮かべる。

そのまま沈黙が場を包むも元々待つ事に長けてはいないのか彼の方は席を立ち上がる。がたんと椅子の音がして勢い良く立ち上がれば騎士の手が伸び彼の肩を掴む。片方の手は机に着き、その所為で何枚か紙が飛ぶ。茶色い紙が僅かに跳ねて、彼の白い髪も、赤い瞳も揺れる。その揺れの全てを理解しているかのように深い笑みを浮かべれば、もう一度跳ねるブラウン。白い髪のその奥の、白い肌に噛み付く。噛み付くような口付け、なんて表現ではなく本当に噛み付いた。白い肌に立てられた白い歯はそれこそ喰い区切るような勢いで噛み付く。呻くような声。手袋で守られた彼の手は常時持ち歩いている時計に触れる。


首から鮮やかな赤が流れ落ちてきても尚、首に噛み付いた歯は離れない。逃げるように体が動く度に逃がさないと云う意思を表すかのように力が強まる。揺れた白い髪の所々に赤い血が付着しては花を咲かす。歯と云うよりは凶器と言った方が正しい其れが白から離れれば刃物には凶行を示すように赤い血が着いている。騎士の口の周りにも赤い血。正義の味方と云うよりは悪の頂点に君臨する者の方が相応しいのではないかと思われるように顔に影を落としては笑みを浮かべる。もう一度、反対の首に顔を埋めれば次の場所に白い歯は立たずに唇が触れる。新しい痛みを予想していたのか、身構えていた彼にとって其れは予想外の行動であり、そして其れ以上に屈辱を感じる行為だった。痛い方がまだ増しなのだ。痛みなら堪える事なんて容易い。其れこそ時間がたてば消えてしまう。どんなに痛くたって傷は癒える。だがこれは、これは、違う。揺れていた瞳は先ほどまでは明らかに嫌悪に満ちていたと云うのに、唇が触れた途端に瞳の色は恐怖へと変わる。現実的な痛みの方がどれだけいいかと思う。優しい口付け、なんて。気持ち悪いし吐きたくなるし、そして何よりこっちの方が首の痛みよりも余程痛い。唇が離れては触れる水音が優しい。優しいから痛い痛い痛い痛い痛い。

離れた唇は次には彼の唇に触れる。避ける前に捉えられる。最悪だ。こんな優しさ。そして冷たさを見せるなんて最低で最悪だ。そしてその優しさに憎しみを持って接するのみでなく、ただ一抹の希望も持ってしまうのが最悪だと。口内に伸びる舌も気持ち悪いし優しいし、いっそこの舌を噛み切ってしまおうか。それとも手に持つ銃で撃ってしまおうか、どちらとも今なら容易いだろう。体が痛い。どこかが痛い。どこもかしこも痛い。優しいから痛い。これなら首に回る痛みの方が何倍も痛くても痛くは無いのに。けれど彼は銃を撃てない。噛み切れない。憐れな兎は、希望を捨てられない。優しさを捨てられない。だから痛みは続くのだ。唇とくちびるは触れ合って離れて、音を残して息を残して、甘いようで悲しくて、優しいようで愚かな行為はいまだ始まったばかり。






痛みはしい


甘さは

(知っているから一等の優しさをアゲル)





















070821