白い髪は思っていなかった程柔らかくて、一本一本が繊細で滑らか。指で何度も救いあげるけれどそれは掴んだと思ったら滑り落ちてしまう魚のよう。この腕に抱える彼も、捕まえようと思った途端に腕から逃げていってしまう魚みたいな人だった。否、きっと今だってこの手を緩めれば逃げてしまう。どんな隙も見逃さずに、風に乗って飛んでしまう綿毛のように。

見た目よりも丈夫とした、けれども繊細な体を力強く抱いて壊してしまう訳にはいかない。だからそっと優しく、壊れ物を抱えるように。俺の無骨な手では彼を壊してしまうから、本当は柔らかい布に包んでその上から抱き締めてあげたい。でもそれじゃあ彼の肌の柔らかさ、優しさを感じる事は出来ないから。それはあまりに寂しい。


「柔らかくて優しくて繊細で甘くて、それでいて心地良くて気持ち良くて堪らない」


彼から受ける幾つかを言葉に出してみれば、虚ろな赤い瞳が俺を見た。それからその瞳を見て、決して言葉にする事は無いであろう謝罪の言葉を述べた、ごめんね。禁断の果実が俺を誘惑するからいけない。一口だけ、食べてみたくなってしまった。罪の無い白が眩しいからいけない。闇は犯してみたくなってしまった。全部全部、彼の所為で俺の所為。
掴んだ髪に唇を落とす。一つ、また一つ見えない跡を付けていく。俺が捕まえた印。傷つけて傷つけて、壊して捕まえた証。本当は壊したくも、傷つけたくも無かった。だけど手に入らないから、心だけ。だから残った入れ物だけは優しく優しく扱ってあげるんだ。白い髪にまた跡を付けて、離せば舞い散る。星が光って落ちた。欠片をまた拾い、また落とす。さらさらきらきら、何かが落ちる音がする。瞳はじっと俺を見つめていて、何も映していない筈なのに哀れむように慈しむように、そして責めるように俺を見ている気がした。俺は何も悪いと思ってはいない。違う。法を破ったのは俺。破らせたのは彼。そう悪いのは俺でそして彼。だからそんな風に俺を責める資格、彼には無い。

…全く、貴方は相変わらず馬鹿ですね。馬鹿で、愚鈍で、如何しようも無い。

無い筈なのに恐ろしくなって折角大切にしてきたのに壊すように強く抱き締めた。汚れ無き香りが俺を包んで心地が良い。白い糸が俺の肌を擽る。彼のどれもこれもが俺にとっての幸せであるというのに、其の瞳を千切ってやりたいと凶悪な感情が俺を仄めかす。理性が其れを抑えて云う。彼の、器だけは壊さないようにしないと。なのに。如何してこんなにも恐ろしい気がするのだろうか。今更怖く思う事などないのに、その瞳が酷く恐ろしい物に見える。焦がれた果実に恐れを抱くなんて。一度喰らってしまった物はどうしようもないのに。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。君が幸せで居てくれればそれだけで良いなんて、そんな自己犠牲の精神は持ってなかったんだ。彼が幸せで俺が幸せになれるようにしたかったのに。結局俺も彼も不幸せ。お揃いが素敵、なんて言えない。ごめんね、ごめんね。出来るなら君と共に愛し合えたらよかったのに。
初めて触った、髪。滑らかな糸。肌、冷たくて白い、陶器。美しくて大切で、飾っておきたい。永遠に永久に、俺の物で居てください。責める資格なんて何一つ持っていないけど、それでも謝れと云うのなら土下座して謝る事だって容易いだから、俺の物で居て。そして俺を、

僕は貴方の事、愛していたのに

暖かい風が体を撫でてる。抱き締められるみたいに暖かかった。









like wind


















(080223)