壊してみようと、考えてたことが無かった。決められた枠の中に当て籠められて、決められた役を演じ続けるは簡単だった、苦しかったけど。痛みは所詮なれる。心は麻痺して風化する。だから消えてなくなって変わるまで別に彼はどうだった良かった。ただ、一人をあいするまでは。

「貴方の為に、世界を壊してみたくなったんだ」

重くなった体に地面に座り込めば小さく息を吐く。血に濡れた剣を地面に刺し、自身の顔についた血を手袋で拭えば地面へと投げ捨てる。本来真っ白な其れについた沢山の赤。あまりに染まり過ぎた所為で、それは赤い手袋になっている。地面に横たわっている兎は小さく身を震わせると恨みがましい目で彼を見た。

「そんな事誰が頼みましたか。貴方が勝手にやった事でしょう」

疲れているのか胸は上下に揺れ、荒い呼吸が何度も繰り返される中言葉は漏れる。額に張り付いた白く輝く髪を掻き分ければ額の汗が光った。こんなに世界を壊してもまだ、目の届く場所に居られるなんて、なんて幸せなのか。求めた人が遠い遠い世界に行ってしまっている人物よりは手に入らないとしても何倍も幸せだ。耳に届いた言葉は無視して、彼は笑った。体には大きな疲労感が残っている物のそんな事は些細な事でしかなかった。目の前に広がる景色こそ、全てなのである。

「うーん、ペーターさんがそう認めたくないならそれでもいいよ。俺は、凄く幸せだし」
「僕はとっても不幸ですよ」
「でも付き合ってくれたんだろ?優しいなー、ペーターさんは」

笑うたびに、不機嫌そうな顔が濃くなっている。その度に、また笑みは濃くなる。何処までも平行線。それは最早当たり前のような二人の位置であるから騎士はさして気に留めない。彼の心にあるのは素晴らしいまでの満足感であった。広がる血みどろの光景でさえも笑みを運ぶ。転がる時計と、広がった赤の分だけ、愛の証明となるのだ。そう思ってみれば誰かの時計も真っ赤な血も、なんて愛しい物に思えてくるんだろう。刃に輝く血を指で掬えば舌へと運ぶ。苦くて、不味い。しかしそれでいて、なんて甘い。

「……俺の我侭に付き合ってくれてありがとう、ペーターさん」
「だから!僕はあなたの為にやった訳ではありませんって言っているでしょう。ただ、僕も壊したかっただけですよ」

知っているよ。胸の中でそっと呟く。知っているよ。何もかも消し去ってしまいたい程にこの世界を憎んでしまった事、殺意を頂いてしまった事。だから、彼は剣を振るったのだ。全てを壊そうとし、壊したのだ。
誰かの為だなんていうのは結局の所欺瞞にしか過ぎない。壊す事で満たされる誰かを見る事で自分が幸せになる為に、壊した。真っ白い兎の為に行動していると云う事実に彼の空は震え、幸せに包まれる。最終的に考えてみれば、彼は彼の独断で勝手に世界に反旗を翻した。愚かな男だと嘲笑う人物はもう一人しかいない。そしてその人が笑ってくれるのなら、彼は他のどんな物でも壊してみせる事が可能なのだ。










    

        

                        


                            

                        

                                 

                                











(081123)
(模倣坂心中)