背中にゴツゴツとした硬い物が当たる。

(多分、銃口は俺の心臓を確実に狙っていて引き金を引けば殺されるんだろうな。敷地内であろうと味方同士が白昼堂々殺し合い、なんて穏やかじゃないよね。俺を殺す気なんだろうな、ペーターさんの殺気がビシビシ伝わってきて痛いし)

生命の危機にあっているとは到底思えない。真後ろには銃を構えたペーター・ホワイト宰相が居るというのにエースは実に冷静だった。もしくは何も考えていないのかも知れない。エースの予想通り、銃口は心臓を狙って当てられている。引き金が引かれたなら其処で終わり。弾は心臓に当たり、時計は壊れ、ゲームオーバーになってしまう。しかしそんな危機に直面しても尚エースは笑みを絶やしていなかった。自分が殺される危険にある事等全く感じさせないような表情。まさに間違えて出演してしまったスター。此処に居るのは場違いな、笑み。背中に銃を突きつけるペーターの方が、憎悪の感情が篭った歪んだ表情で場に似合っている。場違いな兎の耳もあるが其れを除いてもエースの方が場にそぐわない。ぴったりな役者だった。



「俺を殺すの?ペーターさん」



相変わらず場違いな、其れでいて何か楽しんでいるような穏やかな声で尋ねれば甲高い笑い声が辺りに響き渡る。銃口を動かす事は無く笑い出す。狂ったように、壊れたように。ように、じゃなくて実際狂っていて壊れているのだ。けれど目だけは血に濡れた目だけは笑う事無くエースを睨んでいた。狂気に満ちた光を放つ、瞳。辺りには人は勿論居なくて、風の音もする事が無かった。彼等の為に作られた世界のように其処は静まり返っていた。役者は、三人。彼と彼と、それからあの子と。

(ああ!血のようなその瞳が俺を睨んでるって考えるだけで、ドキドキする。ペーターさんの憎しみは全て俺に向いていて、その感情だけは俺が全て手に入れられるなんて、なんて素晴らしいんだろうね。あの子には決して向く事の無い感情を、手に入れたんだよ)


「勿論ですよ、アリスの害になるものは全部消します」

「へぇ、そしたらアリスに恨まれるのに?」


笑いながら言うペーターにまたもや穏やかに、けれど馬鹿にするような響きで言葉を返せばぴたりと笑い声が止まった。銃は先程よりも強く背中に押し付けられる。しかし銃の持ち手の動揺を表すかのように小さな振動が銃から背中に伝わってきた。本当の事を言われて、それでも認めたくないからか―言葉を発しようとはしなかった。二人の声が響いていた空間は其れが無くなった今、音一つ無い。それはまた何かが起こる前触れでもあるのだが。


「…恨まれるよ?アリスは俺の事、大好きだからさ」


あははっとまた笑うエースは何時に無く爽やかだ。場違いには違いないのに其れでもエースは其の空間にぴったりと納まっていた。ペーターは黙り込んだまま、エースを睨んでいた。射殺さんばかりの視線で。エースは後ろを振り返った。銃口を持つ手も銃口も一寸も動いていない。先程までの笑みとはまた違う、僅かに陰が見え隠れする笑みでエースは銃口を持つ手を握る。覗き込んペーターの顔は蒼白だった。小さく空いた口が小さく動くので、その動きも見逃さないように見つめ続けた。この瞬間の彼の全てを見逃さないと言わんばかりに。


(その狂気でもっと俺を包んで。もっともっと憎めば良い。いつか憎しみしかなくなって早く俺だけを見てくれるようになれば良いのに。手に入れたかったものは当に俺が奪ったんだ。悔しいだろうな、悲しいだろうな、憎いだろうな。全ての憎悪を俺に向けてくれて良いからさ。好きなだけ憎んで俺を見てくれるんならどれだけ憎まれたって構わない。寧ろ大歓迎だ。)










憎んで下さい




































(070412)