笑みで誤魔化して、夢で誤魔化す。今俺が見ているような、悪夢を見させて。
「御前が見ているのは夢じゃない、現実さ」
「…夢魔なんて物に出会ってる時点で夢、ですよ。これは夢だ」
それも笑えない位に最悪な部類に入る悪夢だろう。夢は現実世界での様々な願望等な具現化された物だと聞くがまさか己がこんな事を思っているなんて思いも寄らない。そうならば、何もこんな虚しい気持ちになる事も無いのだろう。そんな名前だと認めたくも無い感情を、この人に抱いているなんて。全くなんて事だと思う。
ソファに深く腰掛けて頬杖を着きながら彼は笑う。透き通るように白い不健康な手は俺へと伸びて、頬を滑る。拒む権利なんて俺には何一つ無い。拒否する理由さえも無いからだ。こうして優しく、冷たい手で触れられる時歓喜するのを止める事は出来ない。触れられた部分から体が蝕まれていく。なんと忌々しい感情だろう。これは夢であると云うのに。目が覚めて出会うのは余所者の可哀想な、少女を慕う彼だと云うのに。
「夢だと信じるのならそれでも良い。そうでないと信じないと云うのなら夢で構わないよ。これは、夢。だから私が御前を愛していたとしても、何の不都合も無いだろう?」
「そうですね、とても不快だという事が不都合にならないと云うのならそうでしょう」
「…不快、か。それでも良い。不快であれなんであれ、私の言葉で揺れている御前を見るのは楽しい」
揺れてなどいない。彼の言葉で揺れる理由など、有り過ぎて困る位だ。だから彼といる時はいつだって揺れてしまうし狂ってしまう。その手が笑みが存在が、どれだけ俺を可笑しくするかなんて彼は知らないのだろう。だからそんな風に、まるで風のように軽く言葉を囁く事が出来るのだろう。ああそれでもそんな一言でさえ抉るような、痛み。けれどもそんな心とは裏腹に体は動く。彼の腕をすり抜けて、ソファへと膝を乗せる。満足したように浮かぶ笑みは当然の事ながら優しくは無い。そんな表情が出来るのならそうやっていれば良い。そうすれば牢獄から抜け出す決意出来る。それなのにあんまりにも壊れてしまいそうな笑みを彼は作るから。だからこんな下らない感情なんかを持つことになってしまったのだ。
「だからね、もっと思うと良い。もっと揺れて、壊れて」
唇を優しく重ねれば返ってくるものは優しさの欠片も無い口付け。
|